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タトゥー・オブ・ギャラン

[tog]009:呪の効力

「なんなのあのメガネ! なんでも自分の思うとおりにコトが運ぶと思ったら大間違いだわ」

 怒りに任せて足音も勇ましく、与えられた自室へと戻るべく廊下を歩いていたのだが。
 闇の中から不意に伸びた腕にがばりと抱きすくめられ。

「はうあっ!?」
「しっ」

 窓から差し込む月の光に輝く金髪を見て、周子は驚きはしたものの、身体の硬直を解いた。泥棒や強盗の類ではないことにひとまず安堵する。

「お前、いい女だなぁ」

 間近で見る青い二つの目が上機嫌に光っているのを見て、周子は首を捻った。

「あんた、怒って出て行ったんじゃなかったの? 覗き見? 盗み聞きしてたの?」
「ああ、気になって。お前、カッコいいなぁ、あれ見てたら、機嫌がなおったっつーか、惚れた?」

「は?」
 思いもよらぬ言葉に周子は眉根を寄せる。

「あのカズマが言い負かされた挙句、平手を食らうのなんざ初めて見たぞ。明日の朝になって、ベッドの上に、自分の首が切り落とされていてだな、頭と胴体が二つに離れていたとしても、おれは知らんぞ?」

 周子は目を剥いた。

「ああ、やりそう! あのメガネ、そーゆーの、やりそう! 闇討ちとか!」

 うん、とギャランは頷いて。
 だから一緒に寝よう? と周子を抱きしめる手に、ぎゅーっと力をこめた。

 周子はギャランのその胸を邪険に押し返したが、腕は緩まなかった。
 そのまま壁に背を押し付けられ、ギャランの顔が間近に迫る。

「おれはお前のタトゥーの主になったそうだな?」
「……ばれたんならしょうがないわ」
「召喚とは、違うものだな?」
「ええ。特別。召喚よりも上位。いわば私の体の所有権はあなたに委譲された。どんな悪事でも、やれと言われれば従うわ、私、強いわよ」

 命ぜられれば、政敵の暗殺はもちろん、戦争をもやってのけることができるだろう、と周子は自分でも思う。
 過去に、強盗や殺人など、隷属のタトゥーを悪用した犯罪の例もある。まして、自分はミアムでも最強の血を引く魔法使いなのだ、それをなんでも言う事を聞く奴隷として得たのだから使い途はそれこそいろいろとある筈だ……

 分かった、と答えたギャランの声は優しく甘かった。

「決めた。お前を大事にする」
「ちょっ……」

「お前は、その腕に好いた男の名を刻むつもりだったのか? 惚れた男の」
「ええ。おかげで私がどれほど落胆したか」

 落胆、とギャランは苦笑した。

「おれはラッキーだな?」
「死を願っているのなら、ラッキーね、すぐに殺してあげる。ああ、ちっくしょもういっそぶち殺したい……その股間を押し当てるな変態」

 自分の太腿の間にぴったりと押し当てられている熱く固い塊が何かは、周子にも分かっている。

「惚れたと言っているだろう? お前を抱きたいんだ」

 熱い息。
 ああ、男ってのは欲情するとこんな息を吐くのか、と周子は初めて知った。

「お前を抱きたいんだ。こんなに気が急いたことも無い。言葉を尽くして口説くほど、今はそんな悠長な気分じゃない」
「っつーか、あんたの言葉はすぐ尽きるでしょ! 大体、バカなんだから」

 とにかくおれと寝よう、悪いようにはしない、と口説くギャランの頬をきつく抓って。

「もう十分に悪いようにしてるじゃん、離れろエロ国王」
「……たく、つれないな……」

 頤に手をかけられ、上を向かせられる。近づくギャランの唇が、触れる直前でぴたりと止まる。周子の、まっすぐで勝ち気な黒い瞳に射られて。
 周子は自分の黒目の強さをよく知っている。
 抜群の交渉力と度胸、それは自分の持って生まれた素質の中で最も信頼できるものだ。魔力よりも、呪文よりも、はるかに。
 まっすぐで勝ち気な黒い瞳で射抜かれてぴたりと動きの止まったギャランに、周子は冷静に、突き放すように言葉を添えた。

「タトゥーのこと、理解したんでしょ。だったら一言、犯らせろ、と命令すればいいじゃない」
「……なんだと」

 明らかにムッとして、ギャランは傾けていた首を戻した。

「タトゥーの呪は抗えば死ぬ。だったらこの体、好きにすればいいじゃない、うっかり呪が発動したのは、つまりは私がドジ踏んだって事だもの、その代償だと思ってあきらめるわ。だけどねぇ、だからってねぇ、私の心の主にまでなれると思ったら大間違い」

 周子はおもむろにギャランの手をつかんで、自分の胸元に突っ込んだ。

「抗えば死ぬぞ、殺すぞ、と脅して、抱けばいいじゃない。でもね、絶対に、どんなことがあっても、合意でなんてやらないわよ! あんたはこの身体を抱けばいい、たとえ隷属のタトゥーでも、魂までは従わせられない」

「……すっげー、むかつく」
 ばっ、とギャランは胸元から手を抜くと周子の体を突き放した。

「このおれに脅して女を抱けと?」
 その瞳はひどく混乱している。

「よくも言ったな、無礼者。今言ったこと、覚えとけよ! 明日になって抱いてくださいって泣きついてきても、ぜえええったい、抱いてやらんからな!」
「誰が頼むかばーっか」
「ふんっ!」
 ギャランは怒りに肩を震わせ一度周子をぎらりと睨むと、尻のポケットに両手を突っ込んで、廊下の向こうへと姿を消した。

 完全にその姿が廊下の向こうに消えてから、周子はほっと小さく息を吐いた。

「ひゃー、あのバカ、やれりゃあいい、って言い出したらどうしようかと!」

 はは、と渇いた笑いを漏らし、自分の度胸がさほど弱っていない事を確認して。

 ―――この忌々しき隷属のタトゥー。

 ギャランに抱きしめられた身体が、熱い。

 巧妙な罠だ。タトゥーの呪主の望みなら何でも叶えてやりたい、……命令というより、むしろそれこそが周子の望みにすら思える、その内なる衝動の、なんと強いことか。

 惚れ薬だと、そんな上手い喩えを誰が言ったか。
 己の腕に刻んで初めて周子はその意味を知った。

「解かなくっちゃ」

 まるで毒のように……じんわりと身体に広がりゆく甘い痺れにも似た恋情をねじ伏せ、周子は強く黒髪を振った。
[tog]009:呪の効力
Created: 2005-06-30 Modified: 2010-05-17

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